2008年11月16日
出産入院費用★統括
昨日、久々に出産した産院にチャリで激走してきました

manaちゃんが低体重だった分の差額の精算分を産院に取りに行ってきたのです。
これで、出産費用の精算が終了しました
東京都内の産院は出産費用が高めのようですが、
私が選んだ産院は地元でもリーズナブルなお値段で有名で
結局、社保からいただける出産育児一時金の35万をひくと
manaちゃんを産んだ費用
16,980円 の出費だけで済んでしまいました。
内訳は、、、
amoraの入院分娩料【自費】・・・・・243,000円
〃 【保健適用分】・・・104,420円
manaの入院料【自費】・・・・・・・・・・・ 6,000円
〃 【保健適用分】・・・・・・9,360円
それに
amoraの胞衣・汚物取扱料(胎盤の廃棄料)・・・3,500円
manaのお臍消毒セット・・・・・・・・・・・・・700円
〆て
36万6980円が今回の出産にかかった費用でした。
帝王切開で10日間入院(manaは12日間入院)で都内でこのお値段だったらまずまずでしょうか。
まあ、一番安い大部屋を希望したのもありますが・・・。
最近の新聞で読んだのですが、これから妊婦検診や出産にかかる費用を
政府がますます支援してくれるようになるみたいですね。
今回の妊娠では、ブラジル
にいた妊娠4ヶ月までは
ほとんどがSUSで無料で診察や検査をしてもらっていたし、
日本に帰ってきた5ヶ月からも検診に行ったのが7回+逆子検診2回で
計 49,100円
の外来診察代【自費】しかかかっていないのに、
区から45,000円の現金と15,000円分の商品券を補助してもらっているので、
自分では実質、出費がないということになります。
manaちゃんがお姉ちゃんになる頃には、また制度がちょっと変わっているかな
?
とにかく、無収入amora夫妻みたいなビンボーでも
幸せに出産できる日本の制度に感謝ですね

manaちゃんが低体重だった分の差額の精算分を産院に取りに行ってきたのです。
これで、出産費用の精算が終了しました

東京都内の産院は出産費用が高めのようですが、
私が選んだ産院は地元でもリーズナブルなお値段で有名で
結局、社保からいただける出産育児一時金の35万をひくと
manaちゃんを産んだ費用
16,980円 の出費だけで済んでしまいました。
内訳は、、、
amoraの入院分娩料【自費】・・・・・243,000円
〃 【保健適用分】・・・104,420円
manaの入院料【自費】・・・・・・・・・・・ 6,000円
〃 【保健適用分】・・・・・・9,360円それに
amoraの胞衣・汚物取扱料(胎盤の廃棄料)・・・3,500円
manaのお臍消毒セット・・・・・・・・・・・・・700円〆て
36万6980円が今回の出産にかかった費用でした。
帝王切開で10日間入院(manaは12日間入院)で都内でこのお値段だったらまずまずでしょうか。
まあ、一番安い大部屋を希望したのもありますが・・・。
最近の新聞で読んだのですが、これから妊婦検診や出産にかかる費用を
政府がますます支援してくれるようになるみたいですね。
今回の妊娠では、ブラジル
にいた妊娠4ヶ月まではほとんどがSUSで無料で診察や検査をしてもらっていたし、
日本に帰ってきた5ヶ月からも検診に行ったのが7回+逆子検診2回で
計 49,100円
の外来診察代【自費】しかかかっていないのに、
区から45,000円の現金と15,000円分の商品券を補助してもらっているので、
自分では実質、出費がないということになります。
manaちゃんがお姉ちゃんになる頃には、また制度がちょっと変わっているかな
?とにかく、無収入amora夫妻みたいなビンボーでも
幸せに出産できる日本の制度に感謝ですね

2008年10月12日
manaの退院
母から遅れること2日。
やっとmanaが退院できることになりました。
たった一日だったけど、搾母を病院に運んだついでに、
看護師さんに、おむつ替えとミルクの上げ方を教えてもらいました。
退院当日。
我が子とはいえ、初めて触れる産まれたての赤ちゃん・・・。
あんなに早く抱っこしたかったのに、
待ちどおしくてしかたなかった退院なのに、
私はというと、赤ちゃんをどう抱っこしてよいのやら恐る恐るでした
肩に乗っけてゲップを吐かすのにも、
首が急にぶらんと落ちてきやしないか、おっかなびっくり

でも病院の新生児室で、初めて直乳で母乳を飲ませてあげれたことに
じわーーーーっと感動しちゃいました
やっぱりおっぱいはこうでなきゃ
そして、憧れていた赤ちゃんとの産院の玄関前での記念撮影
(イメージは皇室、はたまた谷夫妻
)

これから、更新がマイペースになるかもしれませんが、
今後とも、manaちゃんをよろしくです

※ こちらのブログは更新怠りがちですが、
mixiの方では写真つきで日々の記録をUPしています。
引き続き、amoraとmanaを応援してくれるという方は
mixiへの招待状をお送りいたしますので、オーナーメッセージくださいね♪
やっとmanaが退院できることになりました。
たった一日だったけど、搾母を病院に運んだついでに、
看護師さんに、おむつ替えとミルクの上げ方を教えてもらいました。
退院当日。
我が子とはいえ、初めて触れる産まれたての赤ちゃん・・・。
あんなに早く抱っこしたかったのに、
待ちどおしくてしかたなかった退院なのに、
私はというと、赤ちゃんをどう抱っこしてよいのやら恐る恐るでした

肩に乗っけてゲップを吐かすのにも、
首が急にぶらんと落ちてきやしないか、おっかなびっくり


でも病院の新生児室で、初めて直乳で母乳を飲ませてあげれたことに
じわーーーーっと感動しちゃいました

やっぱりおっぱいはこうでなきゃ

そして、憧れていた赤ちゃんとの産院の玄関前での記念撮影

(イメージは皇室、はたまた谷夫妻
)これから、更新がマイペースになるかもしれませんが、
今後とも、manaちゃんをよろしくです

※ こちらのブログは更新怠りがちですが、
mixiの方では写真つきで日々の記録をUPしています。
引き続き、amoraとmanaを応援してくれるという方は
mixiへの招待状をお送りいたしますので、オーナーメッセージくださいね♪
2008年10月01日
入院生活(5)一緒に退院したい!
入院7日目
朝に外来診察があり、私の退院が2日後に決定しました。
しかし、manaちゃんの体重は2370gと、まだ出生時より少なく、
2600gにならないと保育器から出してもらえない決まりがあるそうで、
私と一緒の退院は難しいかも・・・とのこと

なんだか、退院は赤ちゃんと一緒

ってイメージがあったもんで、
なんとかして、一緒に退院したいものだけれど。。。
ブラジル
みたいに、ゴネたらなんとかなったりしないかしらぁ~・・・

・・・そして、なんと

本日8日ぶり のシャワーの許可がおりました

人生で、一週間以上もお風呂に入れなかったのは初めてです・・・


シャワーは予約&時間制で
30分
という決められた時間でシャワーを浴びて着替えて髪を乾かして出てこないといけなかったので、
超急いで2回ガシガシ髪を洗いましたよぉ~~

なんてったって、1週間分の汚れ ですからねぇ・・・

でも、久々のお風呂の気持ちよいこと、気持ちよいこと♪♪♪
人間、1週間風呂に入らなくっても死なないんですねーーー(笑)
それにしても、この産院、風呂に入れない期間、
ちょいと長すぎやしませんか??

ブラジルでは、出産後すぐにシャワーって聞いてたけど、
この違いって一体・・・

入院8日目
昨日の夫との作戦会議により、
manaちゃんと一緒に退院すべく、
ブラジル流
ゴネ作戦 を決行
朝の回診の際、院長先生に
「赤ちゃんが規定の体重に足りていないことは分かるんですが、おっぱいを吸う力や健康面に問題がないのなら、早く保育器から出してもらって一緒に退院がしたいんですけど・・・。」
と、頼んでみました。
結果・・・
「それは無理です。それは無理です。」
となぜか、2回も完全否定されました・・・


2度も繰り返し言うなんて、ほんとに無理なんだろうと、
さすがの私たちも諦めました

残念ながら日本の産院では、ジェイチーニョは通用しませんでしたよ・・・

そんなわけで、
入院9日目
manaちゃんを保育器の中に残し、私だけのあまりめでたくない退院。。。
最後にお情けで(?)看護師さんがmanaちゃんを保育器から出して
ガラス越しに見せてくれました。
指一本触れられぬまま、愛おしい我が子を置いていくことになるなんて・・・(T_T)
でも、連れて帰れないからには、
manaちゃんのために今自分に出来ることを精一杯しないといけないよねっ

がんばらないとっ!!!
2008年09月15日
入院生活(4)奇跡の通常食!
食事がおいしいと評判の病院だったのですが、
帝王切開だった私は、いつまでたっても回復食から抜け出せず・・・
入院5日目
のお昼。
やっと 通常食 が運ばれてきました~


チキンの照り焼き~♪
そして、待ちに待った おやつ も

フルーツパイ
夜
は・・・

デミグラスソースのハンバーグゥ
こんな感じで、普段は和食が中心の献立なんだけど、

(赤米の紫季彩弁当の夕飯)
焼きたてパンの、こーんなおしゃれな朝食が出たり、

アメリカン?な、こんなランチだったりもします♪

そして、そしてぇ~~~
退院前夜の“お祝い膳”
には
こんなお品書きから始まって・・・

赤ワインにマンゴーサラダ、まぐろのカルパッチョ

メインのステーキに、焼きたてパン

デザートは3種類もっ

いやー、どれもこれもほんとにおいしかったぁー
ご飯だけ食べに、また来たいくらい

本来なら、2日目から母子同室なんだけど
入院中、赤ちゃんがずっと保育器でお預かりだった私は
食事が数少ない楽しみのひとつだったので、
おいしいご飯にとーっても幸せでした~~~

最近の、産院ってのはこうも食事が充実しているのねぇ。
大学病院とかじゃ、こうはいかないよね。
よぉーーーし
もりもり食べて、いっぱいお乳だすぞぉーーー
帝王切開だった私は、いつまでたっても回復食から抜け出せず・・・

入院5日目
のお昼。やっと 通常食 が運ばれてきました~


チキンの照り焼き~♪
そして、待ちに待った おやつ も

フルーツパイ

夜
は・・・デミグラスソースのハンバーグゥ

こんな感じで、普段は和食が中心の献立なんだけど、
(赤米の紫季彩弁当の夕飯)
焼きたてパンの、こーんなおしゃれな朝食が出たり、
アメリカン?な、こんなランチだったりもします♪
そして、そしてぇ~~~
退院前夜の“お祝い膳”
にはこんなお品書きから始まって・・・

赤ワインにマンゴーサラダ、まぐろのカルパッチョ

メインのステーキに、焼きたてパン

デザートは3種類もっ


いやー、どれもこれもほんとにおいしかったぁー

ご飯だけ食べに、また来たいくらい


本来なら、2日目から母子同室なんだけど
入院中、赤ちゃんがずっと保育器でお預かりだった私は
食事が数少ない楽しみのひとつだったので、
おいしいご飯にとーっても幸せでした~~~


最近の、産院ってのはこうも食事が充実しているのねぇ。
大学病院とかじゃ、こうはいかないよね。
よぉーーーし

もりもり食べて、いっぱいお乳だすぞぉーーー

2008年09月14日
入院生活(3)母乳が出るのは良いけれど・・・
入院3日目
歩けるようになったし、まなみを見て以来
おっぱいが張って仕方なかったので、
看護師さんに訴えたら、おっぱいマッサージをしにきてくれました。
お昼頃ベテラン看護師さんが、病室に来て、
おっぱいやちくびーを激しくもみもみ

・・・というか、もみしだかれたっ!?
いやぁーーーっ
痛すぎだからーーーーっ

あまりの痛さに悲鳴
をあげ、「ある意味、帝王切開の傷より痛かったんですケド・・・
」と本音をポロリ。。。
「なーに言ってんのよぉーー
」と一喝されましたが・・・

マッサージの威力はすごくて、もまれている最中から
すでにぴゅーぴゅーと母乳が出ちゃうのね。。。
面会の夫に搾乳機を買ってきてもらい、
さっそく夜には、初めての搾乳

かなーり黄色い初乳が、初めてなのに60ccも搾母できました

初乳って赤ちゃんの免疫にもすごく良いって聞くし、
母乳を届けることで、赤ちゃんとのつながりが出来るような気がして
うきうきしながら、搾母を持ってナースステーションへ
♪ガラス越しに、自分の母乳を飲んでくれる我が子を見れるものだと楽しみに待っていたら、
数分後に看護師さんから一言・・・
「院長先生の許可がおりてなかったので、今回のはまだ母乳あげられないよ。」
・・・えっ??
今なんと??
自分の赤ちゃんに、自分の母乳を飲ませるのに、許可??
なんでなんで????
頭が軽く混乱

病院の決まりって変だなーって思うことが多いけど、
病院で産んだんだから、仕方ないのかなぁ。。。

ほんとは、病院のそういう訳わかんない規則とかが
自分には合わないって分かってたから、
自宅出産とか助産院での出産に興味があったんだけど、
なんせ逆子ちゃん だったからね・・・

さすがに、“自宅
帝王切開”とかできなかったし・・・

結局、何度か初乳を捨てることになり、
やっと飲ませてあげられたのは
翌日の院長先生の回診が終わったあと
入院4日目のお昼くらいからでした。
結局、その後も病院のミルク時間に合わせて、搾母を持って行っても
看護師さんの都合で、もう粉ミルクを飲ませ終わってしまっていたり、
夜は人手が足りないからという理由で、母乳をあげてもらえなかったりと
かなりもどかしい思いもしました。
おまけにうちの娘は、ほかの赤ちゃんよりお腹が空くのが早いらしく
決められたミルク時間よりも早く大泣きしちゃってて、
ガラス越しにそれを見ていることしかできないのも
すごぉーーーくもどかしかったです

中には、
「粉ミルクの方が体重が増えるから」
という理由で、母乳よりミルクを優先してあげてしまう看護師さんもいました

“体重を増やさなきゃ増やさなきゃ”って言うけど、
たしかに低体重児なのかもしれないけれど、正期産だったんだし、
もともとお腹にいる時からおちびちゃんだったんだから
そんなに躍起になって体重増やそうとしなくてもいいような気がするんだけどなぁ・・・

それより、早く保育器から出してあげて
赤ちゃんのお腹の空いた時に
好きなだけおっぱいをあげられた方が自然だし、
より良いように思いました。
2008年09月10日
入院生活(2)回復食地獄
腕にあざができるくらいの怒涛の点滴続きですが、
さすがに、お腹も空いてきます。。。
最後に激辛タイ料理を食べてから、約40時間後の
手術翌日の正午。
初めて口にする食事?が病室に運ばれてきました。
ほうじ茶150cc・・・。
寝たきりでも飲めるように、先のすぼまったボトルに入ってきました。
喉もカラカラだったので、とりあえず寝たままごっくん。
あぁ・・・おいしい


こんなにおいしいほうじ茶は飲んだことがないのではないかというくらい、
その時の私にはとってもとってもおいしく感じられました。
そして、飲み物を口に出来る喜び
を
ぐぅーーーっとかみ締めていました。
夕食?は、ほうじ茶150ccに、
コンソメスープが100ccついてきました。
しょっぱいものってこんなにおいしいんだぁ・・・
口にするものひとつひとつが、全身に染み渡るくらい
おいしく感じられました。
その晩は、ゆーーーっくりと寝返りをやっと打てるようになりましたが、
寝返りを打つと傷跡がものすごい痛むのと、尿の管が邪魔で気になって仕方ないのとで、
やはりずっと仰向け寝のままで就寝しました。
さすがに丸2日間もすーーーっと仰向け寝のままなので、体も痛くなってきて、
その日の晩は、傷の痛みというよりは、体の痛み(床ずれ?)と
お腹が空きすぎて、
ほとんど眠ることができませんでした。
おまけに、夜中、
喉が渇いて渇いてしかたないのに、
寝たきりの状態なので、こんなに近くにある冷蔵庫にすら手が伸ばせず
じっと我慢・・・
からっからになっていい加減干からびそうになったので
、
ナースコールして
冷蔵庫の中に入れておいてもらった麦茶を取ってもらいました。
身の回りのものも自由に取ったりできないなんて、
なんてもどかしいんだろう・・・
!!
入院2日目
朝、まず一番で尿の管をはずしてもらいました。
(ガスが出ればはずしてもらえると聞いていたので、夜中中必死におならを出そうと格闘していたの
)
傷の痛みが我慢できるくらいになってきてからは、
気になるのは我が子のこと。
産んでから、指一本触れられぬまま
保育器の中にいる赤ちゃん。。。
せめてガラス越しにでもいいから、
一刻も早く見に行きたい・・・
尿の管をはずしてもらったからには、
トイレも自力でいかなくてはならないので、
歩く練習をしてみなくては
!
・・・しかし、
立つどころか、状態を起こし、起き上がるのに精一杯。
その状況を見た看護師さんには、
「うーん・・・。まだ無理そうだねぇ。簡易トイレを部屋にもってこようかー?」
と言われ、
無理をしても仕方ないし、まだとても歩けそうになかったので、
恥ずかしながら、人生初となる簡易トイレを体験することに


カーテン1枚で仕切られたこのトイレで用を足すのは
見られていないとはいえ、音は丸聞こえな気がしてかなり恥ずかしい・・・
無駄にテレビ
の音を大きくしてみました。
ベッドのすぐ横に置かれたこの便器に出さえ、
まず立ち上がるのに、そして座るのに、
動くたびに傷が痛み一苦労でした
朝食は、
ほうじ茶に、おもゆ、味噌汁の上澄みの3つになりました。
お昼には、さらに りんごジュースがついてきて、

術後初めて口にする甘いものが、あまりにおいしくって、
ものすごい勢いで飲み干してしまいました

それにしても、いい加減液体続きで、
お腹と背中がくっつきそうです・・・

簡易トイレのために何度かベッドから立ちあがったりしていたので、
午後には、自力でトイレまで歩いていけそうな気がしてきたので、
看護師さんに
「お手洗いまで歩いていってみていいですか?」
と確認。
許可が出たので、ゆっくりゆっくり手すりにつかまりながら、
一歩ずつ歩いてお手洗いに向かいました。
その更に前方には、赤ちゃんのいる
新生児室が。
私の足は、自然とトイレを通り過ぎ、
新生児室のガラスの前まで向かっていました。
その姿を、看護師さんに見られていて、
トイレを通り過ぎた私を見て、心配した看護師さんに
「あれ?トイレじゃなかったの??」
と尋ねられましたが、
「まずは、赤ちゃんを見てから行きます。」
と一言言い残し、そのまま赤ちゃんのいる方へ向かいました。
ガラス越しに我が子を見て、
涙がぽろぽろと流れてきました。。。
手術の直後は、興奮していたので
まだじっくりと産まれてきてくれた喜びを味わう余裕もありませんでしたから。
さすがに、お腹も空いてきます。。。

最後に激辛タイ料理を食べてから、約40時間後の
手術翌日の正午。
初めて口にする食事?が病室に運ばれてきました。
ほうじ茶150cc・・・。
寝たきりでも飲めるように、先のすぼまったボトルに入ってきました。
喉もカラカラだったので、とりあえず寝たままごっくん。
あぁ・・・おいしい



こんなにおいしいほうじ茶は飲んだことがないのではないかというくらい、
その時の私にはとってもとってもおいしく感じられました。
そして、飲み物を口に出来る喜び
をぐぅーーーっとかみ締めていました。
夕食?は、ほうじ茶150ccに、
コンソメスープが100ccついてきました。
しょっぱいものってこんなにおいしいんだぁ・・・

口にするものひとつひとつが、全身に染み渡るくらい
おいしく感じられました。
その晩は、ゆーーーっくりと寝返りをやっと打てるようになりましたが、
寝返りを打つと傷跡がものすごい痛むのと、尿の管が邪魔で気になって仕方ないのとで、
やはりずっと仰向け寝のままで就寝しました。
さすがに丸2日間もすーーーっと仰向け寝のままなので、体も痛くなってきて、
その日の晩は、傷の痛みというよりは、体の痛み(床ずれ?)と
お腹が空きすぎて、
ほとんど眠ることができませんでした。
おまけに、夜中、
喉が渇いて渇いてしかたないのに、
寝たきりの状態なので、こんなに近くにある冷蔵庫にすら手が伸ばせず
じっと我慢・・・

からっからになっていい加減干からびそうになったので
、ナースコールして
冷蔵庫の中に入れておいてもらった麦茶を取ってもらいました。
身の回りのものも自由に取ったりできないなんて、
なんてもどかしいんだろう・・・
!!
入院2日目
朝、まず一番で尿の管をはずしてもらいました。
(ガスが出ればはずしてもらえると聞いていたので、夜中中必死におならを出そうと格闘していたの

)傷の痛みが我慢できるくらいになってきてからは、
気になるのは我が子のこと。
産んでから、指一本触れられぬまま
保育器の中にいる赤ちゃん。。。
せめてガラス越しにでもいいから、
一刻も早く見に行きたい・・・

尿の管をはずしてもらったからには、
トイレも自力でいかなくてはならないので、
歩く練習をしてみなくては
!・・・しかし、
立つどころか、状態を起こし、起き上がるのに精一杯。
その状況を見た看護師さんには、
「うーん・・・。まだ無理そうだねぇ。簡易トイレを部屋にもってこようかー?」
と言われ、
無理をしても仕方ないし、まだとても歩けそうになかったので、
恥ずかしながら、人生初となる簡易トイレを体験することに


カーテン1枚で仕切られたこのトイレで用を足すのは
見られていないとはいえ、音は丸聞こえな気がしてかなり恥ずかしい・・・

無駄にテレビ
の音を大きくしてみました。ベッドのすぐ横に置かれたこの便器に出さえ、
まず立ち上がるのに、そして座るのに、
動くたびに傷が痛み一苦労でした

朝食は、
ほうじ茶に、おもゆ、味噌汁の上澄みの3つになりました。
お昼には、さらに りんごジュースがついてきて、
術後初めて口にする甘いものが、あまりにおいしくって、
ものすごい勢いで飲み干してしまいました


それにしても、いい加減液体続きで、
お腹と背中がくっつきそうです・・・


簡易トイレのために何度かベッドから立ちあがったりしていたので、
午後には、自力でトイレまで歩いていけそうな気がしてきたので、
看護師さんに
「お手洗いまで歩いていってみていいですか?」
と確認。
許可が出たので、ゆっくりゆっくり手すりにつかまりながら、
一歩ずつ歩いてお手洗いに向かいました。
その更に前方には、赤ちゃんのいる
新生児室が。
私の足は、自然とトイレを通り過ぎ、
新生児室のガラスの前まで向かっていました。
その姿を、看護師さんに見られていて、
トイレを通り過ぎた私を見て、心配した看護師さんに
「あれ?トイレじゃなかったの??」
と尋ねられましたが、
「まずは、赤ちゃんを見てから行きます。」
と一言言い残し、そのまま赤ちゃんのいる方へ向かいました。
ガラス越しに我が子を見て、
涙がぽろぽろと流れてきました。。。
手術の直後は、興奮していたので
まだじっくりと産まれてきてくれた喜びを味わう余裕もありませんでしたから。
2008年09月06日
入院生活(1)激痛との闘い
麻酔の効果もあり、私は数分の旦那さんや両親との面会を終えると、
うとうと・・・と眠ってしまいました。
数時間後に旦那さんの両親も見え、やはり数分の面会で話しをしました。
どうやら、看護師さんに
「本人は疲れているはずなので、手短に済ませるように。」
と言われたようです。
確かに、お客様が帰ったら、またすぐに眠ってしまいました。
尿に管が通っているので、トイレに行く必要もありません。
まぁ、麻酔がまだ効きまくっていたので、しばらくは下半身を動かすことすらできなかったのですが・・・。
そのまま、日が落ち深い眠りにつきました

・・・しかし、
夜になり、鈍痛で目が覚めました。
どうやら、麻酔が切れてきたようです。
ちょうど看護師さんが「代わりないですかー?」と巡回してきたので、
「傷が痛くなってきました
」
と訴えると、
「我慢できなくなったら、痛み止めの注射を打つので言ってください。」
とのこと。
運悪く、廻ってきたのが私が一番キライだった感じの悪~い看護師さんだったもんで、
なんだか、「打って欲しいなら打ってやるけど、好きにしな」とでも言わんばかりの態度でした
うーん・・・。我慢できなくなったらかぁ。。。
一体今後、どの程度まで痛くなるんだ??
今の痛みはまだ我慢しなくてはならない痛みなのか・・・???
初めての体験で、良く分からなかったので
「これからますます痛くなるんですか?痛みってどれくらい続くんですか?」
と尋ねると、
「痛みには個人差がありますから。後はご自身でご判断ください。」
と言い残して去っていってしまいました
うーん・・・。
とりあえず、もうちょっと我慢してみるか。。。
しかし、数時間もしないうちに、傷の痛みが
耐えられないほど燃えるように熱~くじんじんしてきました。
例えて言うなら?経験したこと無いけど、
刃物とかで殺傷されたら、きっとこういう痛みなんだろう・・・って感じの痛み
限界まで我慢してみましたが、
もう無理
!と判断し、
ナースコールに手を伸ばしました。
すると、痛み止めの注射を打ちにさっきとは違う看護師さんが来てくれました。
「痛み止めの注射の方が痛いかもよ~。これを打ったら後6時間は注射打てないからね~。」
と言いながら、腕に打ってくれました。
確かに、注射もツーンと痛かったですが、このお腹の激痛に比べたらクソくらいです
そして、注射を打って10分もすると、
今までの痛みがウソのように、すごぉーく楽になるのが分かりました。
(6時間は注射を打てないってことは、6時間くらいは効くのかな・・・。)
と思いながら、
すぐに再び眠りにつくことができました。


4時間後。。。
再び、痛みで目が覚めました。
深夜2時・・・。
大部屋なので、他の方たちは皆、静かにすやすやと眠っています。
約束の6時間まであと1時間半以上あります。
ナースコールで話しをしてしまうと、眠っている他の方に迷惑かなとも思ったので、
もう少し頑張ってみることに。。。
しかし、あまりの痛さで目をつぶるのが精一杯

眠ることもできず、ただただ鈍く熱い痛みに涙がじわ~っと滲みでてくるほどでした
それでも、大部屋の病室で、
陣痛の痛みを耐えながら叫んだり呻いたりしている人もみてきたので、
じっと耐えられる痛みなど、我慢しなくてはならない痛みなのかな・・・とも思ったりもしました。
でもブラジル
人なら、
こんな痛みとっくに耐えられてないよな。。。とも思いました
手が震えるくらいの痛みを堪え、
再びナースコールに手を伸ばしました。
注射が
神様
のように思えました。
一度目の注射ほど効き目がないように思えましたが、
それでもまた少し眠ることができました。

明け方、また痛みがやってきましたが、
きっと打てば打つほど、注射の効き目もどんどん薄くなっていくのだろうと、
はぁはぁと息づかいが荒くなりながらも、
ただひたすら、じーーーっと痛みに耐えていました。
すると、9時ごろ、
院長先生が診察に巡回してきました。
私のあまりに必死に痛みに耐える形相を見て、
さすがに先生も即座に
「痛み止めの注射、うっときましょうね。」
と言ってくださいました。
3本目の注射はほとんど効かなかったような気がします。
でも、きっと私の痛みもだんだんと和らいできていたのかもしれません。
これが、最後の痛み止めの注射になりました。
うとうと・・・と眠ってしまいました。
数時間後に旦那さんの両親も見え、やはり数分の面会で話しをしました。
どうやら、看護師さんに
「本人は疲れているはずなので、手短に済ませるように。」
と言われたようです。
確かに、お客様が帰ったら、またすぐに眠ってしまいました。
尿に管が通っているので、トイレに行く必要もありません。
まぁ、麻酔がまだ効きまくっていたので、しばらくは下半身を動かすことすらできなかったのですが・・・。
そのまま、日が落ち深い眠りにつきました


・・・しかし、
夜になり、鈍痛で目が覚めました。
どうやら、麻酔が切れてきたようです。
ちょうど看護師さんが「代わりないですかー?」と巡回してきたので、
「傷が痛くなってきました
」と訴えると、
「我慢できなくなったら、痛み止めの注射を打つので言ってください。」
とのこと。
運悪く、廻ってきたのが私が一番キライだった感じの悪~い看護師さんだったもんで、
なんだか、「打って欲しいなら打ってやるけど、好きにしな」とでも言わんばかりの態度でした

うーん・・・。我慢できなくなったらかぁ。。。
一体今後、どの程度まで痛くなるんだ??
今の痛みはまだ我慢しなくてはならない痛みなのか・・・???
初めての体験で、良く分からなかったので
「これからますます痛くなるんですか?痛みってどれくらい続くんですか?」
と尋ねると、
「痛みには個人差がありますから。後はご自身でご判断ください。」
と言い残して去っていってしまいました

うーん・・・。
とりあえず、もうちょっと我慢してみるか。。。
しかし、数時間もしないうちに、傷の痛みが
耐えられないほど燃えるように熱~くじんじんしてきました。
例えて言うなら?経験したこと無いけど、
刃物とかで殺傷されたら、きっとこういう痛みなんだろう・・・って感じの痛み

限界まで我慢してみましたが、
もう無理
!と判断し、ナースコールに手を伸ばしました。
すると、痛み止めの注射を打ちにさっきとは違う看護師さんが来てくれました。
「痛み止めの注射の方が痛いかもよ~。これを打ったら後6時間は注射打てないからね~。」
と言いながら、腕に打ってくれました。
確かに、注射もツーンと痛かったですが、このお腹の激痛に比べたらクソくらいです

そして、注射を打って10分もすると、
今までの痛みがウソのように、すごぉーく楽になるのが分かりました。
(6時間は注射を打てないってことは、6時間くらいは効くのかな・・・。)
と思いながら、
すぐに再び眠りにつくことができました。


4時間後。。。
再び、痛みで目が覚めました。
深夜2時・・・。
大部屋なので、他の方たちは皆、静かにすやすやと眠っています。
約束の6時間まであと1時間半以上あります。
ナースコールで話しをしてしまうと、眠っている他の方に迷惑かなとも思ったので、
もう少し頑張ってみることに。。。
しかし、あまりの痛さで目をつぶるのが精一杯


眠ることもできず、ただただ鈍く熱い痛みに涙がじわ~っと滲みでてくるほどでした

それでも、大部屋の病室で、
陣痛の痛みを耐えながら叫んだり呻いたりしている人もみてきたので、
じっと耐えられる痛みなど、我慢しなくてはならない痛みなのかな・・・とも思ったりもしました。
でもブラジル
人なら、こんな痛みとっくに耐えられてないよな。。。とも思いました

手が震えるくらいの痛みを堪え、
再びナースコールに手を伸ばしました。
注射が
神様
のように思えました。一度目の注射ほど効き目がないように思えましたが、
それでもまた少し眠ることができました。

明け方、また痛みがやってきましたが、
きっと打てば打つほど、注射の効き目もどんどん薄くなっていくのだろうと、
はぁはぁと息づかいが荒くなりながらも、
ただひたすら、じーーーっと痛みに耐えていました。
すると、9時ごろ、
院長先生が診察に巡回してきました。
私のあまりに必死に痛みに耐える形相を見て、
さすがに先生も即座に
「痛み止めの注射、うっときましょうね。」
と言ってくださいました。
3本目の注射はほとんど効かなかったような気がします。
でも、きっと私の痛みもだんだんと和らいできていたのかもしれません。
これが、最後の痛み止めの注射になりました。
2008年09月03日
manaちゃん誕生までの出産記録(2)
手術の時間は14時と言われていたので、
病室のベッドでうつらうつら
していたら、
13時半過ぎに突然手術室に運ばれ、
まだ夫も母も到着していないというのに、
あれよあれよという間に、手術の準備を施されました。
看護師さんは、
「あら~、旦那さん来てないわねぇー。手術の前に一声かけてもらいたかったのにねぇ。」
と、一応言ってくれましたが、
手術は14時からだから、旦那さんは14時に病院に来てくださいって言われてたんだけどな・・・
)
全裸にされ、尿の管をいれられて、手術の様子が見えないように眼帯をされたところで、
院長先生登場
そして、最後に・・・
背中に麻酔の注射を打たなくてはならないのですが、
何を隠そう!?私、背中を他人に触られるのが超、超、超~苦手

背中を丸めて押さえ込まれ、注射針を当てるものの、
どうしても びくっ
と動いてしまいます。
その度に、院長先生に
「絶対に動かないで
!動くともう一度打たなくちゃならなくなるよ!!」
と、厳しく怒られましたが、
その緊張とプレッシャーのあまり、
どぉーしてもぴくっと動いてしまいます
最後は、看護師さん何人かに力ずくで体を丸めて押さえこまれて、
ぴくっ
とはしたものの、
なんとか麻酔完了!!
と同時に、足がしびれた感じになりました。
ほとんど間をおかぬまま、院長先生が私のお腹をつねったのか触ったのか、
「何か感じる?」
と聞かれました。
「あんまり。」
と答えると、
「手術中は、引っ張られたり押されたりする感じはあるけど、痛みはないから心配しないでね。」
と言われ、すぐに手術開始
私のお腹の中で何が行われているのか、
耳しか頼りになるものがなかったのでほとんどわかりませんが、
確かに、引っ張られたりする感じ。
そして、バキュームみたいので、何か吸い取ったりしているようでした。
最後は、
「赤ちゃん出てくるからね~。」
と言われ、お腹をぐーっと押される感じ。
院長先生の
「ん??足だな。」
という言葉のあとに、さらにぐーっとお腹を押された感じがし、
「はい、今出てきましたよ~。元気な女のお子さんですよー。」
と言われ、その数秒後に
「ふんぎゃーふんぎゃー」
と産声が聞こえました
「今、赤ちゃんの体きれいにしますからねー。」
と看護師さんの声がして、
「毛髪2cm、身長45㎝・・・」
と遠くに声が聞こえ、
「あー、産まれたんだぁ。女の子だったんだぁ・・・。」
と、私の意識も高揚としている中、
眼帯を一瞬はずしてくれて、
赤ちゃんを「女の子だよ~と」おまたの部分を近づけて見せてくれました。
お腹の中から出てきたばかりの赤ちゃんの第一印象は、
“四角く小さくまとまってるー”
って感じました。
「あぁ、かわいい・・・。」
とにかく、麻酔が効いていたからか、
頭の方も多少朦朧としていて、意識も100%でなかったように思えます。
手術室を出ると、外には夫と両親が待っていました。
でも、その時のこと、病室に運ばれたこと、運ばれてからすぐのことはほとんど覚えていません。
ただ、前日のタイ料理屋に行った時に、
友達からもらった「カヌレ」(フランスの焼き菓子)を今日食べようと楽しみにしていたのに、
突然の手術になってしまい、
そのカヌレの賞味期限が明日までだったのが私的にものすごぉーーーく気になっていて
夫に会った第1声は、
「女の子だったよー。もう赤ちゃん見た?カヌレは・・・。」
だったそうです・・・

病室のベッドでうつらうつら
していたら、13時半過ぎに突然手術室に運ばれ、
まだ夫も母も到着していないというのに、
あれよあれよという間に、手術の準備を施されました。
看護師さんは、
「あら~、旦那さん来てないわねぇー。手術の前に一声かけてもらいたかったのにねぇ。」
と、一応言ってくれましたが、
手術は14時からだから、旦那さんは14時に病院に来てくださいって言われてたんだけどな・・・
)全裸にされ、尿の管をいれられて、手術の様子が見えないように眼帯をされたところで、
院長先生登場

そして、最後に・・・
背中に麻酔の注射を打たなくてはならないのですが、
何を隠そう!?私、背中を他人に触られるのが超、超、超~苦手


背中を丸めて押さえ込まれ、注射針を当てるものの、
どうしても びくっ
と動いてしまいます。その度に、院長先生に
「絶対に動かないで
!動くともう一度打たなくちゃならなくなるよ!!」と、厳しく怒られましたが、
その緊張とプレッシャーのあまり、
どぉーしてもぴくっと動いてしまいます

最後は、看護師さん何人かに力ずくで体を丸めて押さえこまれて、
ぴくっ
とはしたものの、なんとか麻酔完了!!
と同時に、足がしびれた感じになりました。
ほとんど間をおかぬまま、院長先生が私のお腹をつねったのか触ったのか、
「何か感じる?」
と聞かれました。
「あんまり。」
と答えると、
「手術中は、引っ張られたり押されたりする感じはあるけど、痛みはないから心配しないでね。」
と言われ、すぐに手術開始

私のお腹の中で何が行われているのか、
耳しか頼りになるものがなかったのでほとんどわかりませんが、
確かに、引っ張られたりする感じ。
そして、バキュームみたいので、何か吸い取ったりしているようでした。
最後は、
「赤ちゃん出てくるからね~。」
と言われ、お腹をぐーっと押される感じ。
院長先生の
「ん??足だな。」
という言葉のあとに、さらにぐーっとお腹を押された感じがし、
「はい、今出てきましたよ~。元気な女のお子さんですよー。」
と言われ、その数秒後に
「ふんぎゃーふんぎゃー」
と産声が聞こえました

「今、赤ちゃんの体きれいにしますからねー。」
と看護師さんの声がして、
「毛髪2cm、身長45㎝・・・」
と遠くに声が聞こえ、
「あー、産まれたんだぁ。女の子だったんだぁ・・・。」
と、私の意識も高揚としている中、
眼帯を一瞬はずしてくれて、
赤ちゃんを「女の子だよ~と」おまたの部分を近づけて見せてくれました。
お腹の中から出てきたばかりの赤ちゃんの第一印象は、
“四角く小さくまとまってるー”
って感じました。
「あぁ、かわいい・・・。」
とにかく、麻酔が効いていたからか、
頭の方も多少朦朧としていて、意識も100%でなかったように思えます。
手術室を出ると、外には夫と両親が待っていました。
でも、その時のこと、病室に運ばれたこと、運ばれてからすぐのことはほとんど覚えていません。
ただ、前日のタイ料理屋に行った時に、
友達からもらった「カヌレ」(フランスの焼き菓子)を今日食べようと楽しみにしていたのに、
突然の手術になってしまい、
そのカヌレの賞味期限が明日までだったのが私的にものすごぉーーーく気になっていて
夫に会った第1声は、
「女の子だったよー。もう赤ちゃん見た?カヌレは・・・。」
だったそうです・・・


2008年08月30日
manaちゃん誕生までの出産記録(1)
今日で、赤ちゃんと過ごして1週間。
愛娘も生後18日目となりました

慣れない育児で、一喜一憂。
日々発見と、赤ちゃんと共に成長の毎日です。
さて、amoraの愛娘、manaちゃんが生まれるまでのヒストリー
を忘れないうちに綴ろうと思いまーす
!
出産前夜
、37週と0日。
8月11日のこと。
予定日は9月2日で、あと3週間もありました。
帝王切開の話も明日の検診で逆子が治っていなかったらするということで、
まだまだ余裕&お出掛けしまくりのamoraでした。
でも、数日前から口癖のように、
逆子ちゃんに子宮口のあたりを蹴られては、
「あーーー
産まれそう~~
」
と夫に訴えてたんですよね。。。
それでもこの日は、お友達と夫と、
タイ料理屋さんへディナーへ
しかし、唐辛子パワー全開で、ひとりむせまくる私・・・。
「妊婦なのに、そんなに刺激物食べて大丈夫なの・・・?」
と友達に心配されつつも、
「平気、平気~
」
と豪語してました。
実際には、かなりむせてパワーを使いましたが、
大きなお腹を抱えつつも大満足で帰ってきて、
心身ともにホカホカな気持ちで就寝・・・

夜が明けて、翌朝。
8月12日、午前7時。
窓の外が明るくなってうつらうつらしていたら、
なんだか ぬわー っとパンツがあったかいものがおりてきて目が覚めた。
「ん??おりものかな?」
と思って、慌てて触ってみると、
やたら水っぽい。
と同時に、おりものではないってことが明らかなくらい
どわーーーっと生暖かいものが出てきました
即座に隣に寝ていた夫を起こし、
押入れの中にしまっていた母子手帳ケースと、
別の部屋にある電話
の子機を取るように指示。
思ったより冷静に、産院に電話し、状況を説明すると、
「朝ごはんなど何も食べずに、すぐに来てください。」
とのこと。
入院準備をしたかばんを持ち、破水してびしょびしょになったパジャマを着替え、
立つとさらに じゅわーっーーとおりてくる羊水を、タオルをはさんでおさえつつ
1階で寝ていた両親を起こします。
母の運転する車
の後部座席にバスタオルをひいて
横になりながら、産院に到着。
そのまま、陣痛室に入り、
点滴や、悌毛、注射などの処置を施され、
院長先生が診察に。
「逆子で破水してしまったので、今日にでも手術をしましょう。」
と言われました。
ああ、帝王切開・・・
でも、ここまで来たらもう、結構、覚悟ができてました。
破水しちゃったんだから、赤ちゃんが安全に産まれてくるなら、
腹を切るしかないのだと、もうすぐ母親になる女性ならもう、
誰でも腹をくくれるはずなのでしょう。
こうして、思ったより冷静に、手術のことを受け止めていました。
とにかく、赤ちゃんが元気に生まれてきてくれることが一番だったからです。
そして、手術の時間は午後2時に決定。
それまで、病室に入り手術の時を待ちます。
母と夫は手術の時間まで一時帰宅しました。
病室は希望した大部屋(6人部屋)。
運良く、陣痛室で処置を施されている間に、窓際の一番良い部屋が開き、
そこに車椅子で運ばれました。
大部屋とはいい、カーテンで仕切られていて、
専用のロッカー、テレビ
、冷蔵庫もあり、
大きな窓からは産院の庭が見える、居心地の良い部屋でした
手術まであと2時間です・・・。
愛娘も生後18日目となりました


慣れない育児で、一喜一憂。
日々発見と、赤ちゃんと共に成長の毎日です。
さて、amoraの愛娘、manaちゃんが生まれるまでのヒストリー
を忘れないうちに綴ろうと思いまーす
!出産前夜
、37週と0日。8月11日のこと。
予定日は9月2日で、あと3週間もありました。
帝王切開の話も明日の検診で逆子が治っていなかったらするということで、
まだまだ余裕&お出掛けしまくりのamoraでした。
でも、数日前から口癖のように、
逆子ちゃんに子宮口のあたりを蹴られては、
「あーーー
産まれそう~~
」と夫に訴えてたんですよね。。。
それでもこの日は、お友達と夫と、
タイ料理屋さんへディナーへ

しかし、唐辛子パワー全開で、ひとりむせまくる私・・・。
「妊婦なのに、そんなに刺激物食べて大丈夫なの・・・?」
と友達に心配されつつも、
「平気、平気~
」と豪語してました。
実際には、かなりむせてパワーを使いましたが、
大きなお腹を抱えつつも大満足で帰ってきて、
心身ともにホカホカな気持ちで就寝・・・


夜が明けて、翌朝。
8月12日、午前7時。
窓の外が明るくなってうつらうつらしていたら、
なんだか ぬわー っとパンツがあったかいものがおりてきて目が覚めた。
「ん??おりものかな?」
と思って、慌てて触ってみると、
やたら水っぽい。
と同時に、おりものではないってことが明らかなくらい
どわーーーっと生暖かいものが出てきました

即座に隣に寝ていた夫を起こし、
押入れの中にしまっていた母子手帳ケースと、
別の部屋にある電話
の子機を取るように指示。思ったより冷静に、産院に電話し、状況を説明すると、
「朝ごはんなど何も食べずに、すぐに来てください。」
とのこと。
入院準備をしたかばんを持ち、破水してびしょびしょになったパジャマを着替え、
立つとさらに じゅわーっーーとおりてくる羊水を、タオルをはさんでおさえつつ
1階で寝ていた両親を起こします。
母の運転する車
の後部座席にバスタオルをひいて横になりながら、産院に到着。
そのまま、陣痛室に入り、
点滴や、悌毛、注射などの処置を施され、
院長先生が診察に。
「逆子で破水してしまったので、今日にでも手術をしましょう。」
と言われました。
ああ、帝王切開・・・

でも、ここまで来たらもう、結構、覚悟ができてました。
破水しちゃったんだから、赤ちゃんが安全に産まれてくるなら、
腹を切るしかないのだと、もうすぐ母親になる女性ならもう、
誰でも腹をくくれるはずなのでしょう。
こうして、思ったより冷静に、手術のことを受け止めていました。
とにかく、赤ちゃんが元気に生まれてきてくれることが一番だったからです。
そして、手術の時間は午後2時に決定。
それまで、病室に入り手術の時を待ちます。
母と夫は手術の時間まで一時帰宅しました。
病室は希望した大部屋(6人部屋)。
運良く、陣痛室で処置を施されている間に、窓際の一番良い部屋が開き、
そこに車椅子で運ばれました。
大部屋とはいい、カーテンで仕切られていて、
専用のロッカー、テレビ
、冷蔵庫もあり、大きな窓からは産院の庭が見える、居心地の良い部屋でした

手術まであと2時間です・・・。


